昭和52年09月18日 特別奉修委員
今朝方から、(?)君がその御夢を頂いたというのが、その大変な雪、その雪の中を一生懸命、雪をかけあげながら道を進んでおるところを頂いた。他にまあ色々それこそ念のいったお夢を頂いておったが、私それをききよったら、三十九と頂いた漢字で。三十九と言う事ね。結局お参りをする事に対して、プラスする。そして苦労だというわけね。信心、これだけ信心しておって、こんな苦労が続くじゃろうかというわけです。だから信心しておって、この苦労がこういう風に積み重なってきた。
それに対してだからあのサンキュー、お礼がいえれるまでじゃと言う事ですよね。だからもうそのままお礼を言えると言う事は無いよね。やっぱり苦しいことは苦しい、けれどもこの信心が分かって行きよると、この苦しいことのおかげで信心が分かりますというお礼がいえれるわけ。だから本当、その夢の中でその雪のかけわけて、一家中のものが通っておるような状態の時、まあそういう時にいわゆるお参りをする。
これだけ熱心に信心しておるのに、こんなに苦労が続くと言う風に頂かずに、そういう時には、そう言う事がお礼がいえれるという、今ここに3人お参りになっておったのがそこのなんちいうか、なにか御比礼の立つ教会があるだろ、あそこの朝倉街道の、宮野じゃない夜須、夜須の御信者さん達で、ちょいちょい参ってくるわけ。そしてここに参ってきたらおかげを頂くわけなんです。だから参ってくるわけだけど、一人の方が心配してから、道が違うという風にいわれるてね、その信者さん方によると。
一人の人はあそこで総代さんまで、お父さんがしておるげなけれども、病気で一向に良くならんという。一人の人は結婚して何年になるけれども、子供が出来んと言った様な、そういったお願いで、参って来ておったのだけれども。だからあの道という言葉に迷う事勿れ、道は教えを踏む他はないと、言う事だけを書いてやって説明すると、丁度その時に佐田先生がやって来たからね。
この人は箱崎教会の信者だよ、いうなら博多関係。それでおかげを頂いてから2、3日前、あちらのお父さんとお母さんが、合楽理念で分からんところがあるから、今度帰ってきた時には、ここのところを勉強して帰ってくれというて、便りがあったからその事を言うてね、そしてもう本当にお父さんが言われるのに、家のこの芯にして近所十何箇所あるがね、どの教会でも難儀なことがいっぱいあるというわけ。
そして中にはもう、こげな素晴らしい辛抱強い真面目な先生が、どうしてあげん難儀をせんならんじゃろうかと、難儀をしよる人もある。だから教師会の時にそれを話すげなたい。そうすると、私の方はめぐりが深いからと仰るげなたい。どの先生でも。ところが合楽理念ではそこのところが、スキッとおかげになる話が出ておるというわけたい。だからほんなそんな人が沢山あろうと思うてね。
もう(?)先生がこうしてこんな訳で、合楽理念の話をせんならんからというて帰った時に、もう50くらいの男の人が、(?)髭はやして、昔の軍服を着てそれを長い、そればっかり着ておるけん、もう膝ぼうずのとこは垢でぎらぎら光よるとたい。それをこう脱ぐところを頂くんです。だから箱崎のお父さんは今までの思いこんでおった信心を脱ごうとしよござるわけですね。だからあのそこに、そのまあ合楽理念による助かりが出来かかろうとしておる。
そしてなら自分の周囲の教会に、いうなら難儀なことが続いておる。もう○○教会なんかは、そりゃ難儀しよござるとに、先生があげな立派な先生なのにというのに、そのなにか町に買い物に出てから、事故に遭うてから病院に入院しちゃる。とにかくあの踏んだり蹴ったりちいうなところ、だからそういう時にでも、例えていうなら今のその、安藤さんに頂く御理解のようにですね。
これほど信心するのに、これだけ信心が出来ておるのに、こう言う事だからその事のおかげで修行ができますというお礼がいえれる、ただ苦労を黙ってめぐりのせい、めぐりめぐりで苦しんでおられるでは、おかげの見通しすらつかんという感じがするんですね。ならこの頃、3人が3人ながら御結界で、親先生が拝がめんごとなった悩みをいうわけです。そげなことは悩みなさんなち私が。
そげなことは人間がね、人間を拝むなんてんそれはあの、今ままで拝みよったのはね、ただ拍手打ってから、こうしよっただけじゃろうかち。しんから拝みよる、それだけ信心が進んだからです、進んだから拝めんことに気が付いたわけです。だからねこれは結局自分自身の心が拝めれるような、信心になる事に勤めたらそれこそ、ここに藁人形が座とったっちゃ、拝めるようになるばいという信心の、やっぱ基礎が出来ておるから、分かるですねやっぱ。
はあとにかく自分の心が、拝めれるようになる稽古はした事はない。それがね合楽理念では解いてあるよというてから、話した事でしたけれども、とにかくやはり難儀、その事がやはり、拝めれるようになる。三十九サンキュー有り難うが、言えれるようにならなければ何時までたったっちゃ、雪を掻き分け掻き分けしなきゃならんという事だよね。信心とはそう言う様に自分の心、今あの後ろ、宮崎から参って折る方に御理解に頂いたのに、心の開発と頂いた。
初めて頂いた。こげなこと。信心とは心を開発する事だと。だから例えばなら、あのほらこの十三日会に、あの伊万里の二十八億万の自分は(?)それが、佐賀の頭取がもうあうはずもないし、また合わなければならんと、けれどもその手前で蹴られて意気消沈しておるところに、合楽にお願いしろとお願いした。そしたらお願いしとくけん、参ってみってみれじゃん。してどうもやっぱ行かれんわけたい。そげん偉い人かいうてあわてん訳です。しかもあんたその、ちょっとそっとの金額の事じゃないですから。
所がそのその気にならせて頂いて、勇気を振るっていた所があの言わば頭取さんが会おうと言う事になって、そのそん時にね、会おうという気に頭取さんがなられたという通知があった、電話か手紙かが来た訳だけれども、その時におかげを頂くと思うたちいうのですね。それが次のおかげをいったち言いよる。これはあんた二十八万、二十八億もの金をね、どんなに儲かる仕事か知らんばってん、もう金利だけでやれるよと。
これは私が他のある事業家の方を紹介しよう。というてその銀行の利よりも安い金で買う事が出来たというお話でしたよ。もうどっから考えたっちゃ、ほんなこと思われないような話だよね。けれどもおかげをキャッチする、水々しいもう意気消沈しておった、どうにも出来ないという人が、これはおかげを頂くぞと、とにかく支店長から手紙がきた時点に (途中切れ)